2010年8月8日日曜日

記録を残すことについて

奥沢にてEleven Egressバンド会議。
各自、制作物の持ち寄り、批評会と、その他話し合い。
スタジオではできないが、制作物に反映できるアイディアや、制作物に対するコメント・アドバイスは山のようにあり、スタジオ練習だけでは完結しない部分が制作にはかなりある。その問題意識から、ここのところバンド会議が継続されているのだが、このおかげで制作物のクオリティがかなりあがっている。

今日は、歌詞というテーマまで踏み込んで話すことができた。
歌詞が聴き手に伝わっていない、分かりづらい、という共通の問題意識がある。
まずは、次回のバンド会議から、各自がお気に入りの歌詞を持ちよりながら、歌詞について議論しやすい空気を作ることから始めることにした。

このバンドの歌詞の特徴として、創作者が発見した真理や思いを伝えるときに、それをそのままの言葉で、分かりやすい言葉へ置き換えをすることなく歌詞としてしまっている、ということがある。でもそういった難しいことや、抽象的なことを、そのままの言葉で伝えようとするのではなく、情景の描写や場面の描写にパラフレーズし、聴き手に伝わる言葉に直していくことが歌詞を作ることなんじゃないかな、と僕は最近思っていて、そういうことをバンドメンバーに伝えた。

今日の打ち合わせでは、窓の外に鳴いているセミの声を山本さんが突如MTRでレコーディングしだして、それを音源に反映しよう、と提案する場面があった。それから、普段からすごい読書家の山口さんがドストエフスキーとかを読んで、気に入ったシーンのメモとそこに対する考察を見せてくれた(そのメモ、考察がかなりしっかりしたものだったこともあり、僕ももっと本読みたい、読まなきゃ。と思うことができて良かった)。

こういう場面に触発されて思ったんだが、普段日常で生きていて、僕らは何らかの消費行動や、生産活動をする。その過程で色々なことに気付いたり、色々なことを思ったり、色々なものを目にしたり耳にしたりする。本を読んでいれば、あ、良いな、と思うフレーズに沢山出会うだろう。こうした、少しでも良い場面に出会ったら、心に止めておこう、とか感動しっぱなしにするのではなく、その場でどんどんメモに残していくべきなんじゃないかと思った。感動する理由はその場で分からなくても良い。あとで分かることも多いだろう。でも感動したこと、心が動いたことについて、そもそも忘れてしまうことはなるべく避けたい。

例えば今日TBSの情熱大陸で料理人の目黒浩敬さんの料理を食べたいと思ったことや、昨日のNHKのSongwritersで鈴木慶一さんを見て心動かされたことは、メモしておかないとすぐ忘れてしまう。でも多分1年後にもう一回見ても心が動く何かがそこにはあって、心が動いた事実、場面をメモしておいて、どこかのタイミングでその理由について思いを馳せることは大事なんじゃないだろうか。

小まめに記録しながら、鑑賞をより自覚的な行為とし自分の創作に生かすべく、カメラ・メモ帳・録音機をすぐに手に取れるところに置きながら暮らしていこうと思った。