2010年8月11日水曜日

理系脳と文系脳について考え出す

ぐっさんがバンドのホームページに日記を書いた。良い感じだ。(奇しくも、僕もお昼に外にでた瞬間に良い天気だな、と思ってすかさず何枚か写真を撮影していた。iPhoneが新しくなってから、カメラの性能が良くなって写真を撮影するのが楽しくなった。良い構図を探すのが楽しいです。ただし、昨日の写真に関しては、ぐっさんの撮影した写真の方が良いと思いました。)

ぐっさんの文章を読んでみて気付いたことをいくつか。
ザ・文系の文章である。文体はドストエフスキーっぽい。抽象性が高い。文章が長いが言っていることは少ない。(要約するとこんな感じでしょう? ↓)
夜勤明けに空が綺麗だったので家に帰ってカメラを持ってすぐに多摩川に引き返しました。
見るほどに引き込まれそうな空。思わず携帯を取り出し写真を撮影したのですが容量不足。今度SDカード買わなきゃ。
なるほど、落ちはついているけれど、言っていることは少ない。ただし、目の前で起きている事実について、読み手の想像力が膨らむように言葉で豊かに広げている。こういうところは惹かれる。
それから、作家の視点は、文章開始から終わりまで時間的にも空間的にもほとんど動きがないことも特徴だ。定点カメラからの世界。僕だったらすぐ文章の中で動きを入れたくなっちゃうだろう。

この文章を読んだあとちょっと考えました。
1.「何々があった」、という文章を書くのは書きやすい。
2.「何々と思う」という文章を書くのもさほど書きにくくない。
3. それを一段レイヤーを上げて、見たこと、聴いたこと、鑑賞したことなどについて、個人の感覚のみを頼りに感じたことを広げていく文章は書くのが難しそう。

1,2,3の苦手意識は人によって違うだろう。3が得意で1が苦手な人もいるだろうし。
でも芸術活動って実は3だよな。少なくとも僕が好きなものは、理系的な考え方のみでできたもの、方法論の混ぜ合わせによってのみ作られたものではない。そういったものに加えて、豊かなストーリーなりイメージなりを喚起するものであって欲しいと思う。
文系脳、と呼ばれるものがあるのだとすれば、ぐっさんの文章は文系脳から抽出された要素の純度が高い。僕は理系文化にどっぷり浸りすぎてしまって、理系脳で物事を捉えがちなところがある。このことは僕の作るものや生き方にも過度に表れている。こうした文系的な物事の捉え方、理系的な物事の捉え方についての考察は引き続きしていきたい。

夜はブルマンの練習。
練習後に吉田くんが、バンドのコンセプトについて彼の思いを書いた紙を皆に配布した。A4にぎっしり4枚。今朝書いたそうだ。(内容についてはここで書くことではないので詳細は控えますし、写真も引きで撮影してます。) 吉田くん自身の口でも内容を説明してくれたが、家に帰ってからもう一度じっくり読んでみた。僕もメロディと作家性について最近考えていたこともあり、シンクロしている部分があった。

「コンセプトを共有→議論→更にコンセプトを深めていく」、という過程は協働作業の醍醐味のひとつである。とっかかりとして、こういうことをパッとやれちゃうところは素晴しいと思う。