2010年7月24日土曜日

村上春樹ロングインタビュー3日目

村上春樹のロングインタビュー3日目を読了した。
これで彼のロングインタビューをひとまず読了した。

「パラフレーズ」という言葉がこのインタビューのひとつのキーワードだったように思う。
何かを読んだり、仕事をしているときに、多かれ少なかれみんな、そのとき直面した問題をパラフレーズしながら、問題を解決したり、他の物事の解決に活かしているんじゃないかと思う。
僕は色々なインタビューや、仕事で直面した問題を音楽の問題にパラフレーズする傾向がある。
結果的にだが、今回のインタビューを作曲のこととパラフレーズさせながら読んだ。

何か2つの中心(自分が真剣に考えるようなものごと)を持っていると、そのことを相互に照らし合わせながら考えることで、より物事が上達しやすい、なんて考え方がある、ってことを社会人になりたてのとき、ビリヤードが上手な先輩に教わった。「パレフレーズする」って、この「相互に照らし合わせながら考える」ってことによく似ていると思う。

それから、大学在籍中に知り合いの伝手で建築家の矢萩喜従郎という方にお会いしたことがあったのだけど、その方の著作の「多中心の思考」という本からもそのような示唆を受けとったことを思い出した。

一方で、矢萩さんは、実際にお会いしたときには、「視点を沢山持つことは創作に役立つこともあるが、表現として形に残すことを考えるとき、形にするプロセスにも正面から向き合い、試行錯誤しないかぎり、形にはならない」というような意味のことを僕に注意された。多分パラフレーズし、満足してしまうことの落とし穴を言及されたのだと思っている。

他にも、菊地成孔さんが、その著作の中で、安易に他の分野の物事を音楽とのアナロジーで考えず、個別に向き合う、という姿勢をよく取っているように感じるが、安易なパラフレーズにより、パラフレーズされる前の問題とは別の意味がでてくることを無意識に嫌っているのかもしれない。

今回のインタビュー内で、村上春樹が小説におけるパレフレーズと翻訳するという行為の呼応関係について言及しており、こと翻訳に関しては、原文にできる限り忠実な翻訳を心掛けている、ということを述べている。暗に、安易なパラフレーズに対する警鐘とも受け取れた。

3日目のインタビューには、エルサレムでの卵と壁のスピーチについても言及があった。このスピーチについては、まだ目を通していないので、明日、目を通す予定。

例によって気になった部分をピックアップしておきます。

  • 翻訳の仕事を続ける3つの理由について
    「ひとつめはなんといってもリスペクトですね。文学にはリスペクトの感情というのが大事です。(中略) ふたつめは、翻訳することによって作家としての勉強をするんだということ。(中略) みっつめは言語的な問題です。僕が小説のなかで何かをパラフレーズする、つまり置き換えることを(中略)やっている(中略)翻訳は言語対言語でその置き換えをやっているわけです。つまり、小説のパラフレーズと一種の呼応関係にある。」

  • 小説家の資質について
    「小説家の資質として必要なのは、文体と内容とストラクチャーです。この三つがそろわないと、大きな問題を扱う小説を書くことはできない。」

  • 小説における自我の書き方について
    「いわゆる純文学の作家は、外側から囲い込んで自我を構築するよりは、内側からつくっていこうとする。そんなむずかしいことをしていたら、小説も小説家もやがて立ちゆかなくなるでしょう。」

  • エルサレム賞のこと
    パレスチナを弾圧するインスラエルの賞などどうして受けるのか、辞退すべきだという声があがっている中で、文学賞でありながら政治的なプレッシャーがかかってくる展開になったことについて
    「イスライルの軍事行動にはもちろんまったく賛成できなかったし、紛争の当事国の紛争のまっただ中にある都市に出かけていって文学賞をもらうことなんて僕としてはできません。でもそれと同時に、逆にこうなったからには、しっかり賞を受けなくてはいけない、その場所にでかけて、自分の言うべきことを言わなくてはいけない、そういう思いもあった。(中略) そこで何が起こっているか、自分の目で見てみよう、そして自分なりの意見を自分なりの言葉で述べてこようと。」
    「もっとはっきりイスラエルを批判すべきだったという声もあったけれど、実際にあの場所でそんあことできるわけがないんです。現地にいけば、そんな空気じゃないんだもの。」

  • 「待っていれば、必ず書くべきときが来るから、じっと待つのが僕の仕事だと思っています。翻訳したりエッセイを書いたりしながら待機していて、そのときが来たと感じたら、ほかのことは全部捨てて小説に取りかかる。その部分については、モームの言っていることは自分には当てはまらないけれど、いったん書き始めたら、書きたくなくても書かなくてはならないということに関しては、モームの言い分は正しいと思う。チャンドラーもほぼ同じことを言っているんです。とにかく一日まったく書くことがなくても、書かなくてもいいから机の前に一時間座っていなさい、と。」