2010年7月31日土曜日

ネイチャー・センス

森美術館のネイチャー・センスという展示会に足を運んだ。興味のあるデザイナ、吉岡徳仁の作品が見られる、ということもあった。


吉岡さんの作品は良かった。(写真の上2枚が吉岡さんの作品です。) 構図を大胆に取りながら、緻密に作っているあたりとかが好きなんだと思う。料理もシンプルな料理だが複雑な味わい、というのが好きだし。


展示の写真が撮影可、という意味でも、国内では珍しい展示会でした。展示会、美術館は刺激されるし、もっと足を運ぼうという思いを強くして帰宅。




2010年7月30日金曜日

答えを焦らない

奥沢にて、Eleven EgressのMTG。
新曲のネタを各自が披露したり、前回の続きで、今後の活動の中長期的なロードマップを話したりした。
バンドの雰囲気が以前に比べたら良くなった。
各自の考えを余すことなく話す、問題提起をしていくことを継続することが良い方向に出ている。
問題提起は、答えを出せなくとも、メンバー各自が頭の隅にその問題意識を抱えておけば、良いと思っている。
例えば、今日出た問題提起は、
バンドが「曲をモノにする」ということと、「曲に色々な要素を取り入れる」ということをどう両立させるか、ということである。これを、「このバンドがbloodthirsty butchersをコピーした演奏と、本物の演奏の説得力の対比」ということと関連させながら話した。答えはまだ出ていない。

その後、渋谷に移動して、Wombで渋谷慶一郎さんがパフォーマンスする、ということで見てきた。
TR-808というリズムマシンのみを利用した、バキバキかつノイジーなパフォーマンス。
クラブの空間に、完全に異種の音楽だったが、最高に格好よかった。

普段クラブに行っても、音楽でどうしても馴染めないことが多いんだけど、今日見たパフォーマンスは途中から普通に聴き入ってしまった。こういうのは明確に好きだ。一方で普段のクラブで聴く音楽のように、良さが良く分からない音楽は、無理して好きにならずとも、いつか分かるまで態度を保留しておこう、とも思った。

答えを性急に求めるよりも、分かるまで態度を保留しておいたり、頭の片隅に腑に落ちるまで取っておくことが大事だと最近思う。

2010年7月29日木曜日

フラッシュマーケティング

1冊読み終わった本があるが、感想がまだまとまらないので、今日は軽めの話題で。

米国発の人気サイトGrouponを元祖とする、フラッシュマーケティングという手法が日本でもにわかに盛り上ってきた。
フラッシュマーケティングの発想は、大体こんなところである。
1. サービスを大量に購入したら、店舗からディスカウントしてもらっても良いよね。
2. じゃあ、共同購入で大量購入しよう。
3. 店舗から見たら、共同購入者は知り合いじゃなくても良いよね。
4. じゃあインターネットで共同購入者を募ってみよう。

この発想の元、インターネット上でフラッシュマーケティングは以下のように動いている。
1. 店舗がサイトにキャンペーンを載せる。
2. インターネットでサイトにアクセスしたユーザがキャンペーンを見て購入する
3. キャンペーンに一定期間に一定数以上の購入者がついた場合、店舗はサービスを各ユーザに低価格で提供する

日本だとPikuが、フラッシュマーケティングの先駆であったが。
でも、気付くとあれよという間にこの手のサイトが増えていた。
知人の梅澤さんがこれをTwitterでまとめている。
最近、フラッシュマーケティングのサイトってこんなにあるのか、って改めて驚く。

しかし、情報と同じで、ディスカウントの情報は集め出したら、お金に切りがない。
自分から主体的に欲しいものを決めて買うようにしないと泥沼だなぁ、ということ思いもあり、距離を置いているが、保守的すぎるキライもあるな。

2010年7月28日水曜日

食べながら作る

ここ最近までは、料理を作る、と食べる、のプロセスを厳格に分けていた。
料理を作り終わるまでは、何も食べないし、食べているときは料理を作らない。

でも最近何かを食べたり飲んだりしながら、料理をしてみると、気分的に楽に料理ができることに気付いた。
そもそも、料理が終わるまで、何も食べるな、という決まりはない。
レストランだったら、前菜を食べている間に、料理は続行されている。
そういうことで食べながら料理をする、ということを正当化している。

今日は家の片付けをしながら、昨日のパスタを発展させてみた。
夏野菜のパスタとテーマを決めて、冷蔵庫にあった野菜を放り込んだり、バジルを加えたりした。美味しかった。

2010年7月27日火曜日

料理

ひと頃に比べたら、料理をするようになった。

今日は疲労回復をテーマに、前菜に鳥の胸肉とブロッコリーの辛子炒めと、パスタを作った。
鳥の料理は、たけしの健康エンターテイメントというテレビ朝日の番組の、疲労回復メニューを見て作った。

※1 後で知ったのだけど、この番組のメニューは、レシピが公開されている。但し携帯サイトです。
※2 鶏の胸肉が疲労回復に効く。しかもビタミンCと一緒に取ることでより効果的、というのは、ここを見てください。ちなみに、ブロッコリーにはビタミンCが含まれている。

鳥の料理の作り方。
  1. 鳥の胸肉に小麦粉をつけて、ニンニク、生姜と一緒に醤油・胡椒を入れて炒める
  2. ブロッコリーを入れ、辛子酢を入れる。
  3. 水を入れて蒸す。

パスタは、トマトとツナで作った簡単なもの。
  1. トマトを水煮して、皮をむいてざく切り。
  2. フライパンにオリーブ油をたらし、刻みニンニクを入れて中火にかける。(ニンニクは焦がさない)
  3. 1のトマトを入れて、塩、胡椒で味つけ、ツナを入れる
  4. 固めに茹でたパスタを3に入れて絡める。

今日できたのは、今まで作ってきた料理のなかでも美味しい方だったのでマイレパートリーに仲間入りさせた。

料理するときは、いくつかのルールを設定している。
  • 簡単に作れるものを作る
  • 何を作ろうかのアイディアを色々持っておく。
  • 良い調味料、良い素材を揃える。
  • 味つけのイメージを持ってから料理を始める。

料理は毎日続けることが大事だ。
だから、大変なもの、こだわりすぎるもの、時間がかかるものは意識して作らないようにしている。
時間というコストをなるべくさげる。時間コストに対するパフォーマンスを重視して料理する。
というのも、料理は時間かかって大変、っていうイメージが自分にできてしまうと、途端に続けるのが大変になるからだ。
だから、簡単な料理でも美味しくなるように、多少高くても素材は良いものを揃える。(それでも外食するよりはリーズナブルだし)。とにかく続けることが大事。

レパートリーができていくにつれ、レパートリー内の料理はすぐできるようになるので、さらに薬味を色々入れるだとか、調理の仕方を工夫するだとか、細かいこだわりを加えることが段々できるようになってくる。
こうして考えると、至極簡単なレシピから始め、そのレシピを試行錯誤しながら、自分なりに広げていく、というのが性にあっているらしい。

それから、料理は、始まるとやり直しがききにくいので、味付けのイメージを持ってから料理を始める、というのがすごく大事だ。即興演奏に似ている。

料理をするほど、外食が楽しくなってくる、というのも最近の発見である。
作るようになると、音楽を聴くのが楽しくなる、というのに似ている。

2010年7月26日月曜日

マイ・ペース

随分昔に書いた「放つような曇り空」という曲があるのだけど、山本さん(現在夏休み中)から、新しくアレンジした、という連絡を頂き、聴いてみた。
ピアノを入れたり、ドラムを差し替えたり、メロディを手直ししてくれていた。
メロディから変なクセがなくなったのと、曲の繋がりが以前より自然になって、凄く良くなっていた。有り難うございます。
(これ書いたときは、PCの外付けスピーカーから聴いただけだったので、温度感が低い感想になっているけれど、後でイヤホン聴いてみたらとても良かった。)

聴いて思ったが、昔の方がある意味、良い姿勢で曲を書いている気がする。
良い姿勢っていうのは、このときは何かの真似をしようとか、何か勉強した要素を取り入れよう、としながら作っていたのではなく、三島由紀夫の豊饒の海を読んだときの読後感をイメージしながら、純粋にメロディを探したりしていたあたりが。このときは、音楽理論とかも何も知らなかったけれど、感覚だけを頼りに作っていたあたりも、今から振り返れば良かった。

音楽理論の勉強をした。
主に2次ケーデンスと、マイナーケーデンス、マイナーケーデンスから導かれるハーモニックマイナースケールの導入部あたりまで勉強した。ちょっと前に勉強したことを忘れ出していたり、12keyでの練習を少し怠っていたので、8月に挽回せねば。

それから、やたらピアノを弾きたくなったので、ピアノを弾いた。
ちょっとフレーズを思いついたので、メモした。

今は、勉強や創作活動を継続するためのペース(=マイ・ペース)をまず決め、そのペースを守ることに集中することが大事だ。

2010年7月25日日曜日

卵と壁

1Q84から始まり、ロングインタビューを読む、という流れで、ここ最近の村上春樹を読む生活が続いていた。
自分としては、ここ最近村上春樹関連の著作を読んだことの一区切りの最後という位置付けで、2009年の2月にエルサレム賞受賞時に、彼が記念講演として、エルサレム現地でした演説を読んだ。

インタビューの中で、村上春樹は当時を振り返り、
  • エルサレムに出向くということ自体が、当時ガザ侵攻を開始していた、イスラエルの側に立つ行為と見られてしまいかねないこと
  • エルサレムにて、外国人である自分がイスラエルを正面切って非難することが難しいこと
というリスクを理解した上で、それでも自分が現地に向かい、そこで何かを語ることが、現地に行かず、何もしないことと比較すると意味のあることに思えた。と現地で講演した理由を語っている。
講演のタイトルは、"Always on the side of the egg."。原文はここで読むことができる。

いつものように、面白かったところを抜粋しておきます。
  • 小説家の嘘について (政治家の嘘と対比)
    小説家は本当のように見えるフィクションを作る。これはそのままでは掴みづらい真実を別の形に置き換えることで、真実をあぶり出す。だから小説家は、真実がどこにあるかを明らかにする必要がある。

    "by making up fictions that appear to be true - the novelist can bring a truth out to a new location and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth lies within us. This is an important qualification for making up good lies."

  • 政治的メッセージを伝えることについて
    正しいこと、間違っていることを判断することも小説家の重要な資質である。
    一方で、問題自体を物語の形に変えることも小説家はできるし、村上春樹自身はそのやり方を好む。

    "This is not to say that I am here to deliver a political message. To make judgments about right and wrong is one of the novelist's most important duties, of course.
    It is left to each writer, however, to decide upon the form in which he or she will convey those judgments to others. I myself prefer to transform them into stories - stories that tend toward the surreal. Which is why I do not intend to stand before you today delivering a direct political message."

  • 卵と壁
    卵が具体的に何であるか、壁が具体的に何であるか、というのは以下で徐々に明らかになっていく。卵と壁があったとしたら、村上春樹自身は常に卵の側に立つことを心掛けている。壁の側に立つ人間が小説家として価値があろうか、と問いている。

    "Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.
    Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will decide. If there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?"

  • 卵と壁が意味するところ
    全ての人は卵であり、壁とは「システム」のことである。卵と壁とは、個人対体制の比喩ではない。体制の側にいる人も卵であり、壁とはシステムのことである。

    "Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: It is The System. The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others - coldly, efficiently, systematically."

  • 小説を書く理由
    小説を書くのは、個人に光を当てるためであり、システムが個人の尊厳を損なうことのないよう、システムに光を当てるためである。

    "I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. The purpose of a story is to sound an alarm, to keep a light trained on The System in order to prevent it from tangling our souls in its web and demeaning them. I fully believe it is the novelist's job to keep trying to clarify the uniqueness of each individual soul by writing storie"

  • システムに対して、個人がどうあって欲しいか
    システムに勝つことは難しい。勝利を持つ希望を少しでも持てるなら、希望は、我々自身の唯一無二であることや、我々自身のソウルを繋ぐことによる温かさからもたらされるべきである。

    "We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong - and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others' souls and from the warmth we gain by joining souls together."

  • システムへの批判
    システムは我々が作ったものであり、システムが我々を搾取するのを許してはならない。

    "Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow The System to exploit us. We must not allow The System to take on a life of its own. The System did not make us: We made The System."

ここのところ村上春樹にどっぷり浸ることができて、有意義だった。
さっきYouTubeでこの講演の様子が少しだけ見れた。

その関連動画で、爆笑問題・田中が村上春樹の作品に対して考察している動画を見つけた。
田中の村上春樹論は批判的なものである。しかし表層のものではなく、村上春樹のほとんどの作品に目を通しながら、批判していることもあるのか、一定の説得性を持つように感じた。そして、彼の問題意識を僕なりにパラフレーズするならば、「曲に要素を取り込むときに必然性をもって聴かせられないとしたら、その原因は何か」ということであり、ひいては「外国かぶれを批判する日本人に対する考察」へとつながる。
こうした意見を聞き、村上春樹作品から離れ、外側から村上春樹を考察してみたいと思った。

村上春樹関連で目を通したくなった作品がいくつかあるので、もうしばらくは彼の作品を読むつもりだが、そのうち別ジャンルの本にも移行していく予定である。

2010年7月24日土曜日

村上春樹ロングインタビュー3日目

村上春樹のロングインタビュー3日目を読了した。
これで彼のロングインタビューをひとまず読了した。

「パラフレーズ」という言葉がこのインタビューのひとつのキーワードだったように思う。
何かを読んだり、仕事をしているときに、多かれ少なかれみんな、そのとき直面した問題をパラフレーズしながら、問題を解決したり、他の物事の解決に活かしているんじゃないかと思う。
僕は色々なインタビューや、仕事で直面した問題を音楽の問題にパラフレーズする傾向がある。
結果的にだが、今回のインタビューを作曲のこととパラフレーズさせながら読んだ。

何か2つの中心(自分が真剣に考えるようなものごと)を持っていると、そのことを相互に照らし合わせながら考えることで、より物事が上達しやすい、なんて考え方がある、ってことを社会人になりたてのとき、ビリヤードが上手な先輩に教わった。「パレフレーズする」って、この「相互に照らし合わせながら考える」ってことによく似ていると思う。

それから、大学在籍中に知り合いの伝手で建築家の矢萩喜従郎という方にお会いしたことがあったのだけど、その方の著作の「多中心の思考」という本からもそのような示唆を受けとったことを思い出した。

一方で、矢萩さんは、実際にお会いしたときには、「視点を沢山持つことは創作に役立つこともあるが、表現として形に残すことを考えるとき、形にするプロセスにも正面から向き合い、試行錯誤しないかぎり、形にはならない」というような意味のことを僕に注意された。多分パラフレーズし、満足してしまうことの落とし穴を言及されたのだと思っている。

他にも、菊地成孔さんが、その著作の中で、安易に他の分野の物事を音楽とのアナロジーで考えず、個別に向き合う、という姿勢をよく取っているように感じるが、安易なパラフレーズにより、パラフレーズされる前の問題とは別の意味がでてくることを無意識に嫌っているのかもしれない。

今回のインタビュー内で、村上春樹が小説におけるパレフレーズと翻訳するという行為の呼応関係について言及しており、こと翻訳に関しては、原文にできる限り忠実な翻訳を心掛けている、ということを述べている。暗に、安易なパラフレーズに対する警鐘とも受け取れた。

3日目のインタビューには、エルサレムでの卵と壁のスピーチについても言及があった。このスピーチについては、まだ目を通していないので、明日、目を通す予定。

例によって気になった部分をピックアップしておきます。

  • 翻訳の仕事を続ける3つの理由について
    「ひとつめはなんといってもリスペクトですね。文学にはリスペクトの感情というのが大事です。(中略) ふたつめは、翻訳することによって作家としての勉強をするんだということ。(中略) みっつめは言語的な問題です。僕が小説のなかで何かをパラフレーズする、つまり置き換えることを(中略)やっている(中略)翻訳は言語対言語でその置き換えをやっているわけです。つまり、小説のパラフレーズと一種の呼応関係にある。」

  • 小説家の資質について
    「小説家の資質として必要なのは、文体と内容とストラクチャーです。この三つがそろわないと、大きな問題を扱う小説を書くことはできない。」

  • 小説における自我の書き方について
    「いわゆる純文学の作家は、外側から囲い込んで自我を構築するよりは、内側からつくっていこうとする。そんなむずかしいことをしていたら、小説も小説家もやがて立ちゆかなくなるでしょう。」

  • エルサレム賞のこと
    パレスチナを弾圧するインスラエルの賞などどうして受けるのか、辞退すべきだという声があがっている中で、文学賞でありながら政治的なプレッシャーがかかってくる展開になったことについて
    「イスライルの軍事行動にはもちろんまったく賛成できなかったし、紛争の当事国の紛争のまっただ中にある都市に出かけていって文学賞をもらうことなんて僕としてはできません。でもそれと同時に、逆にこうなったからには、しっかり賞を受けなくてはいけない、その場所にでかけて、自分の言うべきことを言わなくてはいけない、そういう思いもあった。(中略) そこで何が起こっているか、自分の目で見てみよう、そして自分なりの意見を自分なりの言葉で述べてこようと。」
    「もっとはっきりイスラエルを批判すべきだったという声もあったけれど、実際にあの場所でそんあことできるわけがないんです。現地にいけば、そんな空気じゃないんだもの。」

  • 「待っていれば、必ず書くべきときが来るから、じっと待つのが僕の仕事だと思っています。翻訳したりエッセイを書いたりしながら待機していて、そのときが来たと感じたら、ほかのことは全部捨てて小説に取りかかる。その部分については、モームの言っていることは自分には当てはまらないけれど、いったん書き始めたら、書きたくなくても書かなくてはならないということに関しては、モームの言い分は正しいと思う。チャンドラーもほぼ同じことを言っているんです。とにかく一日まったく書くことがなくても、書かなくてもいいから机の前に一時間座っていなさい、と。」

2010年7月23日金曜日

村上春樹ロングインタビュー2日目

村上春樹のロングインタビュー2日目読了。
面白かったとこをピックアップしておく。
  • 会話を書くことについての村上春樹の考え方
    「会話で物語を進めていくというのは、自意識が捉えた一面的な世界では伝えられないものを伝えようとする方法なのかな、とも思います。(中略) 例えば、タマルという人がそうです。彼についての説明や描写はそんなにはない。それよりも、彼が何を語るか、どのように語るかで彼の存在感が作られていきます。(中略) 会話で一番大事なことは、じつは言い残すことなんです。一番言いたいことは言葉にしてはいけない。そこでとまってしまうから。 (中略) たとえば、「おれの言うことが聞こえたのか」「聞こえたよ」というのでは止まってしまう。「おれの言うことが聞こえたのか」ときたら、「つんぼじゃねえや」と返すのが会話です。」

  • 父性について
    「父性というのはつねに大事なテーマでした。現実的な父親というより、一種のシステム、組織みたいなものに対する効力を確立することは、大事な意味を持つことだった。(中略) 母性というのは、もう少し情念的な束縛だけど、父性というのは制度的な束縛であるわけです。それを振り払って自分が個であり自由であることを求めるのは、僕にとっての普遍的なテーマです。

  • 三島的自我と村上的自我
    「三島の作品はほとんど読んでいないので正確なところはよくわからないけど、いちばん大きな違いは、僕が自分を芸術家だとは思っていないことじゃないかと思う。創作する者、クリエイティブな意味での創作家ではあるけれども、芸術家ではないと思っています。芸術家と創作家の違いは何かと言うと、芸術家というのは自分がこの地上に生きていること自体に一つの意味があると思っている人ですね。僕は自分のことをそうは思わない。」

  • 求めているのは十九世紀的な小説像
    「僕はある意味では十九世紀的な完結した小説像を求めているんだと思うんですとにかくページをめくれば、別の場所に生かせてくれる読み物。(中略) とにかく読み物として面白いかどうかが第一に来ます。しかし、同時に、自分という存在の根幹に、その話がしっかりつながっていないと、それを書く意味がない。」

  • 創作スタイル
    「長編小説を書いているときは、目覚める時間がどんどん早くなっていきます。だいたい、朝の4時ごろ起きるんだけど、3時に起きたり2時半に起きたりしても、そのまま仕事をしてしまうときが多いですね。(中略) 習慣はすごく大事です。とにかく(起きたら) 即入る。 (中略) とにかく自分をペースに載せてしまうこと。自分を習慣の動物にしてしまうこと。一日十枚書くと来めたら、何があろうと十枚書く。」

これ以外には、、
  • 久々にマインドマップ使おうと思って、MindManagerのトライアル版をダウンロード。
    直近のこと、将来のことをあれこれ整理し始めた。作詞のように手で書いた方が良いものも多いが、マインドマップに関してはPCがハマる。ノードの入れ替えが圧倒的に楽で、思考の整理が速い。
  • 今日から公開の映画インセプションを見た。
    話が複雑で始めなかなか理解できなかったんだけど、終盤になってきての繋り方が凄かった。
  • 吉田氏からベースラインのアドバイスを貰った
    主に音使いの話しで、こないだのライブ終わったときも教えてもらったんだけど、1,5,8 だと輪郭がはっきりして単純に聴こえるから、横の動きを増やして複雑さを増す、ということについて。
  • 最近良く行くワインバーで、良い感じの店員のお姉さまにワインについてあれこれレクチャーを受けた。
    白ワインの産地違いでの飲み比べや、同じワインをグラスを変えて飲むときの味の違いを体験した。
    グラスを変えただけで、別の味みたいになって、驚いた。

2010年7月22日木曜日

村上春樹に浸る

1Q84のBook3を読了した。

1週間くらいかけて読了した後、続けて、新潮社の「考える人」という季刊誌の村上春樹のロングインタビューを読み始めた。(というか、これを読むために、1Q84のBook3を読み始めたと言っても過言ではない。)

村上春樹に3日間かけてインタビューした内容が「1日目」「2日目」「3日目」と、時系列にそのまま掲載されている。1日分がRockin'onの「2万字インタビュー」くらいのボリュームがあって、ボリューム1つとっても読み応えがある。
やっと1日目のインタビュー記事を読み終えたところである。

僕は村上春樹の「ねじまき鳥〜」3部作を大学時代に初めて読んでから、その著作の多くに目を通している。
このインタビューでも、1Q84に限らず、デビュー作以降の著作について、ざっくばらんに創作の裏側を語っており、彼の露出が極端に少ないことも考えれば、貴重なインタビューである。

1日目のインタビューで印象に残ったトピックには以下のようなものがある。
  • 長編の物語を展開するにあたり、どの視点で書くのか、についての村上春樹の考え方
  • 長編の物語に奥行を出すときの村上春樹のアプローチ
    「物語を広くしよう、奥行き深くしよう、入り組んだ構造にしようと思うと、目の前の穴にありとあらゆるものを放り込んでいかなくちゃならない。そうしないと物語を支えきれません。」
  • 人が「システム」によって与えられる影響
    「システム」と人というのは村上春樹が小説の中で良く用いるテーマである。
    オウム真理教事件で村上春樹が長期間取材した体験と絡めて話している。
  • 作家としての傷と、その検証が物語に与える影響
    「人というのは、だれであろうと、どんな環境にあろうと、成長の過程においてそれぞれ自我を傷つけられ、損なわれていくものなんです。ただそのことに気がつかないだけで。」
  • 小説における謎と、その謎をパラフレーズさせる読み方について
多分明日にも続く。



2010年7月21日水曜日

奥沢MTG

今日はEleven Egressのバンド会議をした。
昨日のライブの振り返り、今後の活動について決めていく為である。

今日は、今後の活動のために、各人が課題と思っていることを爼上に載せてもらった。
僕は割と抽象的なレイヤーの議論を多めに持ち込んだ。
  • メンバー間で話が噛み合わないことが多く、しかもそれがそのまま放置されていることも多いが、御互いの意思疎通をもっときちんとしたい。表現したいと思っている世界について、少なくともバンドのメンバーが共通認識を持てる程度に徹底的に議論すべきではないか。そのためにも御互いが歩み寄ることが大事ではないのか。
  • 土曜日、日曜日の昼間に、バンド練習のために家を出ていく。
    そのときの後ろめたさを何とかしたい。その練習で毎回何かが起こらなくても良い。でもそこには面白いひとたちがいて、面白いことをしようとしている。その確信を持ってバンド練習に望みたい。
  • 音楽的にも、もっと豊かな表現をしたい。
    音楽的に狭いとか、つまらない、と言う風に言われるのが悔しい。
こんなことを主に爼上に乗せてみて議論を交わす。

議論をしていると大抵、俺とグッさんの意見、話が見事に噛み合わない。そしてその状態を放置することも多い。
俺はここ最近、これをずっとこの先のバンドの課題だと認識している。
俺とグッさんの意見が噛み合わない様子を見かねて、山本さんが、御互いに、御互いの主張を翻訳してくれる。
でも毎回じゃないし、溢れていることも多いと思う。だから、二人の関係性を改善できるものならしたい。

今日は、議論しながら色々見えてきた。
例えば、俺がグッさんの意見が理解ができないのは、俺は彼の説明能力が不足しているからなのだと思っていた。
しかし、今日話しているうちに、俺の哲学的なバックグラウンドがとても浅いため、彼の抽象的な議論を理解できていないのだと「も」思うに到った。彼と同じようなバックグラウンドを持っている人であれば、もっと良い意見交換ができる可能性はある。とすると、これは単純に俺の勉強不足、ということが多分にあり得る。俺がもっと彼から学ぶべき部分は確実にある。
他にも、山本さんと俺のやりたい音楽の感じが大分乖離しているということを感じたな。この議論は今日の議論のレイヤーとは違うレイヤーなので意識して避けたが、こっちについても後日議論すべきだ。

3時間くらい話した。
こうやって議論を戦わせている時の方が、バンドとして進んでいっている気がするんだよなぁ、今は。
(だが、本来は音楽によって進んでいくように感じるべきなので、何らかの問題がこの認識に含まれていると考える。)
この音楽以外の問題を一旦乗り越えた後、音楽的な面でも、アイディアをやり合うフェーズになれれば、バンドとしてもっと進んでいくだろう。(とは言え、これは長期的な視点。バンドとして先ずやるべきは、何よりもポートフォリオ=音源を作る、という結論になるように進めていくのが良いと思う。)

会議は発散と収束を繰り返すのが良い、というのは、社会人で学んだことである。
今日の会議は良い意味で発散した。
日曜に続きをやってまとめていく。

2010年7月20日火曜日

Eleven Egress ライブ

Eleven Egressのライブをしてきた。
自己評価、他の方の評価としても今までで一番良かったと思う。
とは言え、他の良いバンドを色々見てきて、上が明確に見えちゃっているので、次に向けて振り返ってみます。

良かったこととして、
  • ベースの音を上げたこと。
    直前のバンドを見て思いついたのだけど、3ピースとしては全体的に音のバランスが良くなったようだ。
  • ライブ前のリハで思い付いたベースのリフを元に作った曲を1曲目にやったこと。
    この曲が一番評価が高かった。でも他の曲はかなり作り込んで望でいたのに、そっちの方が評価が低かったので、わからないもんだなぁ、という気がした。
吉田くんにも色々アドバイスしてもらった。
今回ベースラインを作り込むにあたって、複雑さを増しながらも、メロディラインを強調する、ということを心掛けたのだけれども、彼の意見としては1,5,8度音程(協和音)を多用すると、ベースラインが強調されてボーカルのメロディを邪魔してしまうので、2,3,4,6,7度音程を使いながら、複雑さを増すアプローチを心掛けると良いかも、とか、そういうこと。


屋根裏でお世話になっていた吉田さんが8月で辞められるということもあり、ライブ後に長時間会話した。
今後についてとか、ライブハウス事情とか色々話して頂いた。

うちのバンドの課題についても話し合ってくださった。
一番大きな課題については、僕の意見とも被ったんだけど、バンド内の人間関係ということで一致。
お互いリスペクトしあえる関係性を築く。もし今それが無理ならば、お互いを成長させる関係性にし、徐々にリスペクトしあえる関係性にもっていく。(10ダメ出ししたら、同じくらいに褒めるくらいの心掛けから始めると良い、というアドバイスして頂いた。)
その上で、曲を自分たちのものにする。
(即効演奏の方が、曲より上手く響くのは、曲がまだ自分たちで掴み切れていない、という理由もあるのかもしれない。)


今日から次のステップを定め、次の活動に向かっていきます。
ライブに来てくださった方々、いつもながらありがとうございました。
色々フィードバック頂いて本当に有り難く思っています。

2010年7月19日月曜日

2010/07/19

Eleven Egressの最終リハ。
バンドの雰囲気は、以前に比べたら大分良くなってきたと思う。
個々の演奏がもっと上手くなると、もっと雰囲気が良くなってバンドとして良い状態になっていくと思っている。
明日は、21:50に渋谷屋根裏でライブです。宜しくお願いします。

夜は上手い具合に時間が空いたので、Natsumenのライブを見に、渋谷のClub Quattroに行ってきた。
Natsumenは音源は持っているけれど、ライブを見たのは始めてだった。
演奏力があってライブ見に来てる人は気持ち良いだろうな、と思う。
後半の方しか見れなかったので、西田くんがステージ立ったのが見れなかったのが大変に残念。

ライブ会場でブルマンのメンバーに会った。
Natsumenのベースの山本さんとも初めて少し話すことができた。
3ndの頃から山本さんのライブは良く見に行っていたし、ベースを始めた頃にフレーズをよくコピーしていたので、そんなことを伝えるなど、少し話しをすることができて良かった。

そのあと、16日のブルマンのライブ音源をもらったので聴きながら、振り返り。
思ったことをメンバーに伝えたりした。
ざっくり言うと、いくつか改善すべきこともあるけれども、ライブを通して安定して聴こえるようになっていたので、バンドとしては良い状態だと思った。

凄い人ともっと演奏してみたいと思う。
そのために頑張ろう。というのが最近のシンプルな思いです。

明日のライブが終わったら、今後のことを考える。
全体的に楽しくなってきていることは間違いないです。

2010年7月18日日曜日

2010/07/18

昨日はブルマンのライブが終わった後、朝4時くらいまで飲んでいたこともあり、起きたら朝の10時とか。
あっという間に一日が終了した感じ。

スタジオにてEleven Egress のリハ。
プリプロをしっかりやっている後の曲を演奏すると、弾いているときの確信度が高く、楽しい。

夜は、「借り暮らしのアリエッティ」を見た。
場面設定が面白い映画で、始まってからしばらくは良かったんだけど、現実的でない設定が、「この人たちはどうやって文明築いているんだろう」とか、細かい疑問を噴出させて、ストーリーに集中できなかった。ちなみに、同じ理由で集中できなかったのは僕だけじゃなかったようだ。

言いたいことが何なのか良く分からなかったのと、ストーリーの展開が実はほとんどなかったのと、割と脇役の人が長時間フィーチャーされていたりして、映画の冒頭が面白かっただけに、終わったあとは、ちょっと残念な映画、という感じが拭い切れなかった。

2010年7月17日土曜日

ブルマン

ライブしたった。僕の友達も来てくれたけれど概ね好評だったと思う。CD買ってくれていたし。来てくれてありがとう。
自分の演奏は1年前に比べたらだいぶ良くなってきたけど、まだまだ行けそうな気がしてきたし、もっと頑張ろうと思う。

自分でも深みのある曲を書きたいと思った。

ブルマンの皆様、お世話になりました。すごい楽しかったし勉強になりました。今度は客として見に行きます。
ビッグになるのを楽しみにしています。

あ、写真撮るの忘れたよ。。

2010年7月16日金曜日

シャネル&ストラヴィンスキー

"シャネル&ストラヴィンスキー"という良い映画を見た。
ヒロインのアナ・ムグラリスが綺麗だ。
自立している女は最強だ。

ストラヴィンスキーの音楽も良かった。
ストラヴィンスキーの現代音楽の作品の数々は予想外だったが、好きな感じがした。
もっと聴いてみたくなったな。

ビジョン

日々、時間とともに色々なことを進行していく。
一見満ち足りた生活にも、影が見え、綻びが出てきていた。
その綻びや、その綻びの原因について、最近あれこれ考えていたんだけど、その綻びの解決に奔走する前に、根本的な問題を解決しなければならない、ということが分かってきた。

根本的な問題とは、僕が、中長期的な、ビジョンを持っていない、あるいは、自分にも周囲にも提示していない、ということだ。
ビジョンとは、志しでも、目標と言っても良いのだが、要するに、最終的に、具体的にどうしたいか、という大枠だ。
ビジョンを決める前に、自分の関わっていることに対し、何となく頑張ろうとしているのが今の俺だ。

ビジョンを決めていないことによる弊害は、以下のようなことだ。
  • 日々の成果を、正しく評価できない。(評価には、何に対して、というファクターが必要だ。)
    だから、確信を持った喜びも反省もない。
  • 周囲の人は自分がどうしたいのかが見えてこないので、協力しにくい、接しづらい。
こんな風な状態で生活が進んでいると、きつい。
生活にも努力にも起伏が必要だ。だから、確信を持った喜びや反省ができるように努めたい。
そのためにも、ビジョンがない状態、というのをごまかしながら生活を進めては駄目だと思った。

そして、考えるべきビジョンはもはや個人的なものではありえない。
今の自分の活動には、公私含め、自分以外の人が色々関わっている。

だから、そういう人達のことも考慮したビジョンが必要だ。
自分の希望を言う。そして、関わる人とも納得感のある落とし所を見つける。
それから、自分のありったけの力を注ぐ。

さて考えるぞ。

2010年7月15日木曜日

梅雨明け間近

今日は良い天気だ。
空だけ時間が止まっているような大きな雲。
好きな夏は近い。

2010年7月13日火曜日

7月のライブ

7月はライブを2本します。

7月17日(土)19:00
バンド:Goodbye Blue Monday
場所:渋谷屋根裏
料金:チケット代を1000円
手続きの問題で、受付で、チケット代として2000円払うこことになるかもしれないです。
その場合はライブ後に個人的に返金しますので終わったら待っててください。

7月20日(火) 21:50
バンド: Eleven Egress
場所:渋谷屋根裏
料金: 300円 + 2 Drink
チケットの予約はこちらから

Goodbye Blue Monday はこのライブを終えたら、僕は当分、このバンドでは演奏することはないと思います。
2回のライブだけの参加でしたが、楽しかったですし、勉強になりました。
このバンドはメンバーみな、耳が良いし、音楽に対する造詣が深いし、楽器も上手いし、野心的だし、メンバー同士の人間関係も良いということを、一緒にスタジオに入って、肌で感じました。
バンドとしても、ひとつアルバムができたという良い状態で、そのタイミングで参加することができて、幸運だと思っています。
とても良いバンドなのでぜひ見に来て欲しいです。

Eleven Egressの方は今、既存曲のプリプロダクションをやっています。今後しばらくこの作業に集中する関係で、今回のライブが終わると、しばらくはライブをしないと思います。でも、曲の聴こえが、今までよりもぐっと良くなってる、という片鱗が見せられると思います。

最近はずっと録音機材の前で、あーだこーだと、フレーズを片っぱしから試しては、ベースラインを作る、というようなことを主にやっています。フレーズが見つかるまで時間がかかるのが少し大変なのですが、最近はその過程を楽しめるようになってきました。

それでは、宜しくお願いします!